社会福祉法人 愛泉会

「愛泉会」は、「楽しく自分らしく生きる」をサポートします。

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井上 博の「行雲流水」

山梨県ハロハロ2番館を訪ねて

ここ10日間余り余裕のない日々が続いた。

5月22日愛泉会の役員会で事業報告、決算を承認いただいた。25日には県スポーツ大会にお邪魔し、26日に移動して山梨県の山梨市でさぽーとの施設訪問記の取材、とんぼ返りで29日は東京で日本協会の理事評議員会、そして今日は仙台で東北の役員会があった。現場から離れてしまい寂しい思いになるが今の自分の与えられた役割を果たし、間接的に利用者やスタッフの皆さんに

少しでも貢献できればと思う。愛泉会の評議員会ではある評議員さんから当法人の取り組む事業やスタッフにお褒めの言葉をいただきました。あるセンター長に聞くと「現場の若いスタッフに聞かせてやりたかった」とのコメントでその言葉にも感激しました。

さて、我が国でもご存知の通り権利条約が批准され、地域での生活や活動が理念とされ今後最も大切な制度の一つは居宅介護事業と相談支援事業であると考えます。

重要であると認識されていながら居宅介護の現場は経営的にも赤字が続き福祉協会の統計調査によると多くが月間100万円未満の収入であり平均スタッフ数も5.6以下人の事業所がほとんどである。現場はあまりの報酬単価の低さで広がらずに停滞している。わが県においても知的障害に特化している居宅介護事業所は当法人の「心音」だけである。

多くの課題が山積するなかで異次元のホームヘルプサービスを提供している事業所があると聞いて山梨市の三富福祉会にお伺いした。東京から中央線で1時間30分ほどで山梨市に着く。辺りはぶどう畑や桃畑が多く果物王国とのこと。まわりを山に囲まれ山形県と似た環境である。今年の冬に突然の豪雪にあい大変苦労されたとのことであった。

山梨県の会長さんでもある大西理事長に案内いただき三富福祉会の地域実践の中核であるハロハロ2番館におじゃました。

ハロハロ2番館はホームヘルプ、相談支援事業で24時間365日体制を確立している。ヘルプだけで月間の収入は1000万円を超え登録ヘルパーさんを含め30名を超えるスタッフが働いている。ヘルプの事業内容でも8割は行動援護との説明に驚いてしまう。

説明をお聴きしていると地域に根差した長い歴史があり、地域での一軒家にスタッフが泊まり込みで地域で暮らす利用者や家族を支えてきた活動が原点であることが理解できた。利用者やご家族が困ったときどんなことにも柔軟に対応して地域の信頼を得てきたからこそ今があるのである。やってもやっても地域のニードにこたえきれないとのこと。地域の事業には無限の可能性があることを教えていただいた。利用者のニードに敏感に反応し、新しい事業につなげさらに利用者の生活の質が変わっていく。福祉事業の王道を教えていただいた。

そして相談事業も素晴らしかった。6名の体制にも驚かされたが最も素晴らしかったのは相談支援のアセスメント表である。

利用者お一人お一人の人生史が把握され一枚のペーパー化されている。個人の障害やニードの把握、住んでいる部屋や社会資源についても丁寧にまとめられていた。プロの技である。

7月号か8月号のさぽーと施設訪問記で詳しくご報告説いたします。

帰りに富士山の雄大な山容が見ることができた。日本一の富士山におとらない志の高い実践である。私たちも三富福祉会の実践をモデルにしてさらに向上したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心を癒すもの

多くの皆さんにご心配をいただきました。お蔭さまで少しずつ元気を回復してきました。

個人的には少し休みをいただき自分を内省する時を持ちたいが思うようにいかない。

渋谷さんが急逝され私自身大変動揺したのだが、試練や困難にあったとき人は何によって癒され回復していくのであろうか。

自らの死期を告げられたり、身近な家族との別れ、障害のある子供を授かること、大きな疾病、貧困等等人生には思いもかけないことが起こる。クライエントは生活の困難さを抱え苦しみや悲しみを一杯かかえ、私たちの前に現れる。私も現在の仕事について38年になるが長い間障害のある人の心の苦悩やつらさを理解していなかったように思う。利用者や家族の大変さはあまり実感がなく、若気の至りで正義感と上から目線のまさに指導に近い関わりが多く、利用者やご家族を傷つけていたように思う。

40歳をすぎ根拠のない自信と変な万能感があったとき突然配偶者の大病を告げられる。10ヶ月後の40歳という若さでの妻の死、中三、小6、幼稚園児を残しての旅立ちにはあまりに悲しく、愛おしくその厳しさに絶句した。

多くの人々の支えや心遣いによって乗り越えられたが人の心の傷を癒すものはなんであろうか。私の修士論文のテーマの一つであった。聖書、仏典の言葉、野に咲く一輪の花の姿、周りの人々のいたわりやまなざしや心遣い、時の流れ等々であった。

そして忘れられないのは障害のある利用者の存在、今は天国に召されたある利用者には本当に励まされた。

打ちひしがれて向陽園の玄関に行くと穏やかでそして明るくスリッパをそろえて自分の存在を受け止めてくれる。

障害を持ちながら施設という不自由な生活のなかで支援者たる自分を利用者の存在が励ましてくれる。

先日渋谷さんの後を追うように利用者のKさんが亡くなった。彼とは38年の付き合いだった。渋谷さんともKさんともいつか天国でお会いするまで一日一日をしっかり生きていこうと思う。利用者やご家族の苦悩を受け止めることのできるソーシャルワーカーとして成長したい。

茫然自失

昨日山形県知的障害者福祉協会事務局長渋谷博夫さんのご葬儀がご自宅のある長井市で執り行われた。

この3年間福祉協会の仕事をご一緒することができやり取りも最も多かった。

5月9日に東北地区知的障害者福祉協会の会議が仙台であり一緒した後ご自宅に戻られた後倒れられ帰らぬとなってしまわれた。

県内外から福祉協会関係者も多数弔問においでいただきありがとうございました。

突然のお別れから4日経過したがいまだに実感がなく渋谷さんが現れるような気がする。ここ数日は私自身の

心が揺れ、茫然自失の状態が続く。私が渋谷さんにどれほど依存していたかが思い知らされる。

それにしても素晴らしい人であった。

山形県社会福祉事業団で施設長を務められ、民間法人の施設長の打診があったが断られて県協会の事務局長に

就任頂いた。

ご就任頂いた後県協会の活動は飛躍的に向上した。加盟施設は増加し、生活サポート協会との連携で専任の事務局体制が

でき、被災地支援や育成会との連携による本人活動、他団体との連携による政策要望、圏域ごとの権利擁護セミナーの開催

そして今年からは新たに支援力向上セミナーや差別禁止条例にむけて動きたいとの計画であった。

当法人の評議員や第三者委員を務めていただきいつも的確なご助言をいただいた。

障害の重い人も地域で生活するという愛泉会の取組が成功することが大切といつも励ましてくれた。

社会的に弱い立場の人を思いやるやさしい心、だれにも分け隔てなく熱心にうなづきながら人の話を聞く姿勢、世の不条理にたいする怒り、深い思索と構想力、素早い行動力、花を手入れする柔和な眼差し、そしてたぎるような情熱と高い志。

知的障害のある利用者の福祉の向上に命をかけた渋谷さん。お疲れ様でした。本当にありがとうございました。

いつまでも悲しんでばかりはいられない。悲しみを乗り越えて、渋谷さんの想いの実現に努力したい。合掌