令和8年度がスタートしました。
向陽園が開設され今年40年目を迎えました。向陽園ができた昭和61年当時は、法人内外の方から「終の棲家」という言葉をよく耳にしましたが、最近は施設を「終の棲家」と考える人は、ほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。
昭和61年開設した時に入所された方は、現在向陽園にはいらっしゃいません。お亡くなりになられた方もいらっしゃいますが、多くの方は地域生活に移行されました。
昨年度、向陽園から1名の方が地域に移行されました。15年目の再挑戦で、意思決定のため1か月間体験利用をしていただき、「ここで生活する」とご本人が決め、ホームに入所されました。また、長年向陽園、グループホームで生活された方が、1名ご高齢により介護施設に移られました。
その時その時のライフステージに合わせ、最適最善と思われる生活の場をご本人とともに決めていく時代になったのでしょうか。
向陽園も設備、建物の老朽化が見られ、向陽園に代わる生活の場はどのようにするかが大きな課題です。
現場の若い職員からは、「障がいと介護の垣根を超えた生活の場が作れれば、高齢になっても暮らし続けることができるのではないか」「長年ホームで暮らしてきた方が住み慣れた場所を離れるのはとても悲しい」という意見がありました。
施設から地域に生活の場がシフトする中で、行動障がいのある方々の生活の場が少なくなっているとの話もお伺いします。行動障がいがあっても、①ご本人、そして職員が心のゆとりを失いかけた時に助けていただける医療機関、②ご本人に適した生活環境、活動環境、③障がい特性等を理解し、様々な工夫をしながらチャレンジしようとする支援者がそろえられれば、地域生活は可能です。地域生活開始後に様々な出来事はあるので、地域の方々の理解を含め、微調整は必要になりますが、地域で生活していれば誰にでも起こりえることです。
山形市を含む村山地方に知的障がいのある児童が入所する場所がないのも課題です。
働き手不足の中障がい、介護、児童に分けてサービスを提供することはできないのではないかと思います。いっそうのこと全部ごちゃまぜにしてミックスジュース的な居住の場、活動の場が作れればなと思います。
令和8年度は、そんなことをみんなで話し合い、未来予想図を描く1年にできればと思います。
様々なご意見を伺いながら、向陽園に代わる生活の場を考えていきたいと思います。





































